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京都地方裁判所 昭和44年(わ)263号 命令 1969年4月21日

主文

各被告人につきいずれも保釈を許可する。

保釈保証金額は、各被告人につきいずれも各金一〇万円と定める。

右各保釈保証金額については、いずれもその金額を、被告人池村六郎については池村光太郎、池村宣恵から提出の連帯保証書、被告人大橋良介については大橋誠から提出の保証書、被告人中村生雄につては中村観明から提出の保証書、被告人浜田寿美男について浜田清子から提出の保証書を以て代えることを許可する。

各被告人の住居をいずれも各肩書住居地に制限する。

弁護人崎間昌一郎の各被告人についての勾留理由開示の請求はいずれもこれを却下する。

理由

一一件記録によれば、各被告人は、昭和四四年四月一二日、建造物侵入、威力業務妨害、公文書偽造の各被疑事件(その後頭書被告事件となつたもの)についての犯罪成立要件のうち主として各被告人の目的等主観的要素を立証すべき罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとして当裁判官による勾留の裁判を受け、爾後これに基づき今日まで身柄を勾留されてきたことが明らかである。

二ところで、その後同月二一日に至り、各被告人は別紙起訴状のとおり頭書被告事件名の下に起訴せられ、事件は被疑事件から被告事件へと進展したのであり、この間における捜査の進展状況、各被告人その他の関係者がとつてきた事件に対する態度、その他本件事案の性質等の諸般の事情につき一件記録を検討してみるときは、勾留裁判当時において各被告人(当時はいずれも被疑者)を勾留すべき理由とされた罪証隠滅のおそれは、現時点においてはいずれもすでに消滅したものと認められる。

三一件記録によると、各被告人については、前記の勾留裁判においていずれも勾留理由としての逃亡のおそれは認められていなかつたことが明らかである。

しかしながら、その後の事情変動をみるに、その当時は未だ起訴せられるか否か未定の被疑者という地位にあつた者が今日ではすでに起訴せられていずれも被告人としての地位に立たされるに至つているのであり、この時点において、各被告人につき公判期日への出頭を確保し場合によつては将来における刑の執行確保ということをも具体的に考慮せざるをえない事態に立ち至つたというべきところ、今日の我国社会において「起訴」ということに対して一般人が抱く現実的心情に照らすときは、仮に本件が一般の刑事事件とはかなり色彩の異なつた性質の事件であるということを考慮に入れるとしても、右事件変動に基づき現時点において勾留理由としての逃亡のおそれが各被告人につき発生したものと認めざるをえない。

四もつとも、一件記録によると、各被告人はいずれも前記勾留裁判当時からその氏名、本籍、住居、職業、生年月日などの身上関係を明確にしており、捜査当局の方でもそれらの点につきすでにほぼ確認済であることが認められ、それによると、各被告人はいずれも本年三月京都大学文学部を卒業し、今後は研究者となるべく同大学院への進学を希望し、本年度の入試についても受験手続をとつていた(もつとも被告人浜田寿美男においては正規の手続を完了しなかつた)ものであること、各被告人とも大学時代からその成績が極めて優秀であつたことなどもあり同人らを指導した各教授も同人らの将来を期待している実情にあること、各被告人とも捜査官の取調を受けるのは今回がはじめてであり今までに何らの前科前歴を有していないこと、いずれも今までにこれといつた学生運動もなしておらず学生集団の組織的活動にもさほど強いつながりを有するものとは認められず、従つてその組織を利用して逃亡を企てるということも極めて蓋然性に乏しいと考えられること、などの諸点を指摘することができ、これらの諸点に各被告人の性格、家庭環境、資産状態、本件事案の性質、その他諸般の事情を総合して考えてみるときは、現時点において各被告人につき認められる勾留理由としての逃亡のおそれの程度は、各被告人の今後の公判期日への出頭確保などにつき適切な担保さえ得られれば、各被告人の身柄を釈放するにおいても、いずれもこれを防止しうる程度のものと認められる。

五そこで、以下現時点において各被告人の身柄を如何に措置すべきかその方式につき検討する。

1  まず、適当な第三者をして各被告人の身柄を引受せしめ同人らから裁判所に対して各被告人についての身柄引受書を提出せしめておけば、その限度において各被告人について認められる逃亡のおそれに基づく勾留の必要性が相対的に消滅するものと認められる故、それにより各勾留自体を取消すということも考えられないではない。しかしながら、このような措置によるときは、仮に各被告人が逃亡するという不測の事態が発生したとしても、我現行法の下では引受人において何ら法的責任を負うわけのものではない故、その身柄引受にどの程度の実効性を期待しうるかはなはだ疑問といわなければならず、従つて右のような形式的手当を施すだけで直ちに各勾留自体をも取消してしまうということは少しく速断しすぎる措置といわなければならない。かくして、各被告人について認められる勾留理由としての逃亡のおそれは、いずれも適切な条件による保釈という形式によつてのみこれを防止しうるものと認めねばならないのである。

2  そこで各被告人につき保釈を許可することの当否を検討するに、一件記録によるも各被告人についてはいずれも刑事訴訟法八九条各号に該当するが如き事由が現存するとは認められないのであるから、被告人についての無用な身柄拘束はできうるかぎりこれを差し控えるべきであるという現行刑事訴訟法の法意等に鑑みても、この時点においてその住居をいずれも適切に制限したうえ各被告人についての保釈を許可するのが適当であると認められる。

しかして前記四の諸事情より考慮するときは、各被告人についての保釈保証金額は各金一〇万円と定めるのが相当であり、しかも右各保証金はいずも各被告人自身から現金によつてこれを納付せしめないで、その全額につき、被告人池村六郎についてはその両親である池村光太郎、池村宣恵から提出の連帯保証書、被告人大橋良介についてはその父親である大橋誠から提出の保証書、被告人中村生雄についてはその父親である中村観明から提出の保証書、被告人浜田寿美男についてはその妻である浜田清子から提出の保証書を以て代えることを許可しても、各被告人の出頭確保につきさほどの支障も来たさないものと認められるばかりか、右各許可を与えるときはかえつて前記保証書の提出者による各被告人の身柄についての監督をも期しうるという点で、各被告人の出頭確保がより実効的になるものとも考えられる。従つて、被告人の保釈許可に関し右各保証書による右各保釈保証金額全額についての代替をも許可するのが適当である。

六なお弁護人崎間昌一郎より各被告人についての勾留理由の開示請求がなされているが、右各請求は、刑事訴訟法八二条三項により本保釈許可命令にともなつて当然失効したものであるから、これを却下すべきものである。

よつて、刑事訴訟法二八〇条一項、三項、九〇条、九二条一項、九三条一項、二項、三項、九四条三項ならびに八二条三項を適用し、職権により主文のとおり命令する。(栗原宏武)

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